2021.08.31

ぽにレコ独占!Fishmansが『Neo Yankees' Holiday』で飛躍したワケ

ぽにレコ独占!Fishmansが『Neo Yankees' Holiday』で飛躍したワケ

“ここ”でしか聞けない“あんな話”や“こんな話”をお届けするぽにレコの目玉企画「ここばな(ここだけの思い出ばなし)」。

記念すべき1回目は、ぽにレコ第1弾企画としてショップ内で展開中のFishmans!彼らのデビュー当時を知る関係者にインタビューを敢行し、Fishmansとの出会いや楽曲にまつわるエピソード、メンバーのオフの顔など貴重な“ここばな”をたっぷりと聞いてきました。全3回にてお届けする最初の“ここばな”はFishmansのデビュー付近にフォーカス!!

取材者Profile

渡辺章

渡辺 章

株式会社フジパシフィックミュージック

野中浩稔

野中 浩稔

株式会社ポニーキャニオン

柏子見公昭

柏子見 公昭

株式会社ポニーキャニオン

Fishmansとの衝撃的な出会い!楽曲に惹かれて猛アプローチ!!

fishmans

——みなさんFishmansのデビュー当時からお付き合いのある方々ということで、彼らとの出会いを教えてください。

渡辺:僕がフジパシフィック音楽出版で担当していたインディーズバンドのライヴの対バン相手がFishmansで、東京・新宿JAMというライヴハウスで観たのが初めてです。曲がものすごく良かったことに衝撃を受けて、当時のFishmansのマネージャーさんのところに「一緒にやらせてほしい」と押しかけたところから付き合いが始まりました。

——初めて見たときに「すごい!」と感じた楽曲は覚えていますか?

渡辺:覚えています。「チャンス」「いなごが飛んでる」「ひこうき」などの初期の代表的な曲です。レコーディングはされなかったけど「SKA」も演っていましたね。演奏はまだまだだったけど、曲がとにかく良かったのでビックリしたのを覚えています。

Chappie, Don't Cry

野中:僕はその頃、東京・渋谷La.mamaとかに観に行っていました。そのときかな?まだデビューする前なんですけど、よくライヴでアンケートを取ったりするじゃないですか。どんなファンが来ているのかが気になってアンケートを読ませてもらったんですけど、他に好きなバンドとしてTHE BOOMとかを挙げている人もいて。当時のFishmansファンは、レゲエとかスカがかっているような音楽が好きな人+いわゆるバンドブームから流れてきた女性ファンが中心でした。デビュー前に参加して発売したオムニバスCD『PaNic PaRadise』も結構売れていたよね?

渡辺:うんうん。

柏子見:当時はイカ天(『三宅裕司のいかすバンド天国』)ブームで、KUSU KUSUというバンドがすごく人気で。オムニバスライヴをやったら、KUSU KUSUのファンが殺到してすごかった!というのをFishmansメンバーが話していましたね。

——Fishmansは、イカ天バンドブームとシブヤ系の狭間の時期なんですね。柏子見さんはいかがでしょうか?

柏子見:僕がヴァージン・ジャパンに参画したときは、全く音楽業界の経験がない人を採用しようという時期で、僕もその中のひとりだったのです。異業種から転職してきたので、音楽業界に関しては全く知らなくて、当時のディレクターが「こんなアーティストをやろうと思う」とデモテープを聴かせてくれたのがFishmansの「ひこうき」と「ワンダラーズ」(未発表曲)でした。

——デモテープを聴いた感想は?

柏子見:渡辺さんと同じように、とても良い曲を持っているバンドという印象でした。実際にライヴを観に行ったら、当時はまだ演奏はそれほどでしたけど、バンドが独特の雰囲気を持っていて。特に佐藤(伸治)くんから醸し出される雰囲気が最初からとても独特だったのと、ファンの女の子たちがすごく真面目だったのがすごく記憶に残っていますね。キャーキャー言うタイプではなく、みんな大人しく観ているような熱心な女性が多かったような気がします。

渡辺:確かにそうでしたよね。みんな真面目だった。

柏子見:『映画:フィッシュマンズ』に出てきた渋谷La.mamaのシーンは、僕が撮影していまして、最後に佐藤くんにインタビューをしているあの図々しいのも実は僕で(笑)。「ライヴのお客さん、全然盛り上がらなくて酷いよね」とか、今思えば“アーティストになんてこと言うんだ!”っていうことを素人ゆえに怖いものなしに言ってしまったりしていました。でもそのくらいFishmansはすごく良い演奏をしているんだけど、ファンの方々はみんな大人しく聴いているっていう印象が強かったです。今になって思えば、当時からみなさんずっと内に秘めてFishmansのことを愛してくれていたんだなってわかりましたね。

——ライヴハウスに来るお客さんは9割くらいが女性だったのでしょうか?

渡辺:9割までいくかはわからないけど、圧倒的に女性が多かったですよね。

野中:『Neo Yankees' Holiday』が発売された後くらい、ちょうど僕が担当していた「Go Go Round This World!」「Melody」のあたりから男性ファンが増えた印象があるな。その頃、ライヴ修行だ!って言ってライヴの本数をすごく増やしてやっていたりして、「Go Go Round This World!」に収録した「Smilin’ Days,Summer Holiday」の別バージョンもライヴでのアレンジがめちゃカッコよくて、それをスタジオで収録したもの。男性ファンがライヴで「すげえ!」って興奮していたのを覚えています。

渡辺:ZAKさんがPAをやりだして以降くらいから、男性ファンが増えていったね。ライヴもサウンド志向になっていって。

低迷期からの脱却!バンドとして成長・進化に繋がった出来事とは?

Fishmans_1991

——映画でも関係者の方々がおっしゃっていますし、みなさんもおっしゃっていましたけど、当時はまだ演奏が荒削りだったということですが、どの辺りから成長していったのでしょうか?

渡辺:1stアルバム『Chappie, Don't Cry 』のプロデューサーがこだま和文さん、2ndアルバム『King Master George』のプロデューサーが窪田晴男さんなんですけど、メンバーみんなすごい素直な人たちだから、プロデューサーに言われると「はい」って言って、わりとその通りに演奏するんですよね。それもあってか1st、2ndアルバムって、聴いたときに随分質感の違うアルバムになってしまったなという印象を僕は持ちました。セールスもあまり良くなかったこともあり、『Neo Yankees' Holiday』のときに初めてセルフプロデュースでやってみようということになったんです。それが結構大きかったんじゃないかなと僕は思います。自分たちで作らなくてはいけないので時間がかかって大変でしたけど、ミュージシャンとして自立するきっかけにはなったんじゃないかな。

Neo Yankees’ Holiday

——武者修行的な感じですね。

野中:僕が担当になったときはちょうど過渡期だったと思うんですよね。シングル「Walkin'」がバラエティ番組のタイアップだったんだけど、本人たちはそんなに深い思い入れはなかったと思うんだよね。劇中でも彼らが話していましたけど、「Walkin'」の後くらいに、これから自分たちがどうしていきたいのかというミーティングをやって、タイアップ…要は売れ筋を意識して曲を作るのではなく、自分たちのやりたいことを追求していくんだという意思表明というか、バンドの方向性が固まって。その後、『Neo Yankees' Holiday』を作ることになったときに、エンジニアはZAKさんにお願いしたいとか、セルフプロデュースをしたいとなって。そこから、さっきも話したようにライヴの本数を増やしてバンド力を上げていくみたいなことをやって、それがあってのマキシシングル「Go Go Round This World!」「Melody」、アルバム『Orange』に続いていくっていう。その時期が演奏に関しても格段にうまくなっただろうし、すごい速さで成長・進化していったと思います。

渡辺:あの辺で欣ちゃん(茂木欣一)、(柏原)譲くん、ハカセが目覚めて伸びていきましたよね。

柏子見:僕が覚えているのは91年の夏に東京・後楽園にルナパークという野外ホールがあって、そこでやったライヴがものすごく印象的でした。ライヴでダブをやったんです。あのとき、ZAKさんが大阪から初めて出張してやってくれたらしいのですが、音の広がりがそれまでのライヴとあまりにも違いすぎて驚きました。当時のディレクターに聞いたら「大阪からすごいエンジニアが来てくれたんだよ」って教えてくれて。そのときに演奏した当時はまだ未発表曲の「Blue Summer」は、こんなすごい曲あったの?って思わず聞いてしまったくらい。ディレクター曰く、「わりと初期の曲」とのことだったのですが、それは後期のFishmansの音そのもので。たった1度だけでしたけれど、それをバンドの超初期の91年の夏に観られたというのはとても貴重でした。このバンドは只者じゃないと思った瞬間でしたね。

野中:ライヴでずっとご一緒していたZAKさんがレコーディングエンジニアをやってくれたのもすごくターニングポイントだよね。当時は、ZAKさんがスタジオでのレコーディング経験が少ないという不安はスタッフとして最初はあったけど、ライヴで培った実験的なことはスタジオでも全部取り入れてくれて、今までとは全然違う手触りのものができて、その後に繋がっていったからね。(Vol.2に続く…)

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ポニーキャニオン時代(アルバム、ミニアルバム、マキシシングル)のFishmans年表

  • 1987年 フィッシュマンズ結成
  • 1991年 シングル「ひこうき」でヴァージン・ジャパンよりメジャーデビュー1stアルバム『Chappie, Don’t Cry』ミニアルバム『Corduroy’s Mood』
  • 1992年 2ndアルバム『King Master George』
  • 1993年 ヴァージン・ジャパン社名変更、メディア・レモラスへ移行3rdアルバム『Neo Yankees’ Holiday』
  • 1994年 マキシシングル『Go Go Round This World!』マキシシングル『Melody』4thアルバム『ORANGE』
  • 1995年 ライブ・アルバム『Oh! Mountain』ポリドールへ移籍
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